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おばあちゃんのバレンタインデー


2月半ばの平日、義父の命日が近いので夫の実家に帰った


6年前に亡くなったお姑さんの7回忌を迎えた


昼食を済ませたあと、小雨の中、3人でお墓の掃除とお花を添えてお参りした


 


家に帰ったら、お膳のうえにハートの形した焼き菓子らしきものが・・・


「 おばあちゃんがバレンタインデーに作ったんや〜!」


その時、おばあちゃん(お姑さん)がとっても可愛く見えた 


元々小柄でかわいらしいおばあちゃんが中身まで小さい女の子のように・・・


パンケーキみたいなのが、ハート型になっている


食べてみたら、これがなかなか美味しいのだ 


結構な大きさだったけど、ぺろりと2個も食べてしまった 


「おばあちゃん、すんごく美味しいわ〜!どうやって作ったん


素朴な味で、幼い頃初めてホットケーキを食べた時のようだった 


 


うちの夫の父、亡くなったおじいちゃん(舅さん)は


夫が高校3年のとき、心筋梗塞で倒れたのだ


その時、お父さんは54才・・・今から30年前のことだ


それから半身不随になって、入退院を繰り返し


お母さんは病院の付き添いから、自宅の介護まで


ずっとお世話をしてこられた


 


私が嫁に来た当時、いつもお父さんはベッドに


リクライニング状態で横たわっておられた


不自由な肉体を抱えて、絶えず襲ってくる痛みと戦いながら


それをずっと我慢していたのだろうと思う


 


おじいちゃんは温和で静かな人だった 時々面白いことを言っては


周りは冷めて凍りついいていたこともあったが


よそから家に入った私には「可愛らしいお爺ちゃんやな」と写っていた


私たちの前では辛いことは一切顔に出さずに、いつも穏やかに過ごしておられた


「Hちゃんと一緒にお風呂に入りたいんやけど、おじいちゃん


こんな体やから入ってやれなくてごめんな・・・」


息子がまだ小さい時、お父さんの言ったこの言葉が忘れられない


 


お母さんからしてみれば、「お父さんが倒れてからはお先真っ暗


どうしていいかわからんかった・・・」少し前まで、すべての不幸は


お父さんが倒れたからや!というようなことをずっと言っていた


24年の介護生活、それは言うに言えないご苦労があったと思う


今のように介護制度もほとんどなかった時のことだ


お母さんも寝たきりの多かったお父さんを介護しながら


入退院に付き添いながら、やりきれない思いと


いつも優しくできない自分と葛藤していたかもしれない


でもこの家から逃げることなく、お母さんなりに一生懸命やってこられたのだ


 


 あれから6年・・・・おじいちゃんと共に過ごしてきた


いい時の事をも、思い出すこともあるのかな


 ほんとうに美味しかったハート型のパンケーキ 


作ってすぐおじいちゃんにお供えしたのだろう


「おばあちゃん、一つHにもって帰っていい?」 って聞くと


お仏壇の御供まで袋に入れて持たせてくれた


 


そして帰り際お仏壇に向い、お父さんとご先祖さんに


これからもずっとおばあちゃんと、O家の男子(夫と息子)を


守ってくれるように、お参りして田舎をあとにしました  


  

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